日本医師会の系譜に迫る! その2  開業医の系譜!?

日本医師会に突っ込みます。第2回目です。

ただ、事実を確認し、考察するのみです。

前回までのまとめです。
日本医師会の歴代会長が以下になります。

 

代数 氏 名 学歴 在 任 主な前職
初代 北里柴三郎 旧制官立東京医学校(現在の東京大学医学部)卒 1916年 – 1931年 北里研究所所長
2代 北島多一 東京帝国大学医科大学卒 1931年 – 1943年 慶應義塾大学医学部
3代 稲田龍吉 帝国大学医科大学(現在の東京大学医学部)卒 1943年 – 1946年 東京帝国大学教授
4代 中山寿彦 東京帝国大学卒 1946年 – 1948年 東京都医師会長
5代 高橋明 京都帝国大学福岡医科大学卒(現在の九州大学医学部) 1948年 – 1950年 東京帝国大学医学部長
6代 田宮猛雄 東京帝国大学卒 1950年 東京帝国大学医学部長
7代 谷口弥三郎 熊本医科大学 (旧制)(現在の熊本大学医学部)卒 1950年 – 1952年 熊本県医師会長
8代 田宮猛雄 東京帝国大学卒 1952年 – 1954年 東京帝国大学医学部長
9代 黒澤潤三 東京帝国大学卒 1954年 – 1955年 東京都医師会長
10代 小畑惟清 東京帝国大学卒 1955年 – 1957年 東京都医師会長
11代 武見太郎 慶應義塾大学医学部 1957年 – 1982年 日本医師会代議員
12代 花岡堅而 旧制新潟医科大学(現在の新潟大学医学部) 1982年 – 1984年 長野県医師会長
13代 羽田春兔 北海道帝国大学 1984年 – 1992年 東京都医師会長
14代 村瀬敏郎 慶應義塾大学医学部卒 1992年 – 1996年 日本医師会副会長、東京都医師会理事
15代 坪井栄孝 日本医科大学医学部卒 1996年 – 2004年 日本医師会副会長、福島県医師会常任理事
16代 植松治雄 大阪大学医学部卒 2004年 – 2006年 大阪府医師会長
17代 唐澤祥人 千葉大学医学部卒 2006年 – 2010年 東京都医師会長
18代 原中勝征 日本大学医学部卒 2010年 – 2012年 茨城県医師会会長、東京大学助教授
19代 横倉義武 久留米大学医学部卒 2012年 – 日本医師会副会長、福岡県医師会会長

引用:Wikipedia 日本医師会 (Wikipediaへのリンク含む)

 

前回には、第10代までほぼ東大卒であること。

第7代が東大にあまり関係なく、突然政治家から会長になっていること。

熊本に関係する人が目立つことをあげました。

次に第11代から見ていくわけですが、11代から出身大学が東大の方が全くいなくなります。

第10代までがほとんど東大卒であるので、事実だけをみると、11代以降に何か変わったことが起きているのかが気になるところです。

日本医師会連盟について

日本医師会の政治団体ともいれる日本医師連盟にも触れておきます。

日本医師連盟とはなんなのか??

以下、当組織からの引用になります。

目次

目的/日本医師連盟の歩み

目的

本連盟は、日本医師連盟と称し、日本医師連盟会員相互の全国的連携・協調の下、日本医師会の目的を達成するために必要な政治活動を行うことを目的とする。

日本医師連盟の歩み

設立:昭和23年12月14日

▼歴代委員長(昭和30年以降)

昭和30年10月~32年3月 小畑 惟清
昭和32年4月~57年3月 武見 太郎
昭和57年4月~59年3月 花岡 堅而
昭和59年4月~平成4年3月 羽田 春兔
平成4年4月~8年3月 村瀬 敏郎
平成8年4月~16年3月 坪井 栄孝
平成16年4月~18年3月 植松 治雄
平成18年4月~22年3月 唐澤 
平成22年4月~24年3月 原中 勝征
平成24年4月~ 横倉 義武

引用:日本医師連盟

これを見ますと、日本医師連盟の委員長は、つまり日本医師会会長というわけです。
日本医師会連盟の下には、各都道府県医連があり、その下に郡市区医連があります。

それぞれ、医師会と医師連盟は執行部はほぼ共通であり、医師連盟が政治的な活動を主に担っています。

基本的には「支持政党は政権与党である自民党」とされています。一度、茨城の乱とよばれる、原中氏による民主党支持以外は、自民党を支え続けてきているわけです。

この日本医師会連盟に関しては、ひとまず置いておきます。

長すぎる第11代日本医師会会長、武見太郎氏の時代

さて、日本医師会会長の第10代を境いにして、会長の色合いがやや変わっております。

先ほど指摘した通り、東大卒が第11代以降はおりません。

と、なりますと、注目すべきはこの第11代になるわけですが、1つ明らかなに注目すべき点があります。

任期をみますと、この第11代武見太郎氏は連続13期25年間、医師会会長を務めているわけです。

通常の組織で考えて、これは異常と思われる任期機関です。

「喧嘩太郎」ともよばれた強い医師会代表とのことですが、25年はあまりにも長すぎます。50代前半で日本医師会会長に就任してから、1982年の死去の年まで、25年間日本医師会会長を務めております。

さて、物事を正しくみるには何が大事か??

政治や、ニュース、その他いろいろな事件があります。

最も重要なことは、事実をそのまま捉えるということです。
理由や背景は予想でしかわかりませんが、事実というものは、ゆるぎない真実でしかないわけです。

単純な事実を、そのまま眺めるだけで良いのです。

25年間、日本医師会会長を務めている、この武見太郎氏は驚愕に値します。

まったく事情をしらない立場で客観的にみますと、これだけ長く重要な会長職を務めるなんて素晴らしいのだ!とういう印象ではなく、なぜ、25年間も死去する直前まで会長であり続けることができたのかという疑念がわいてきます。

事実をそのまま受け止めると、みなさんどう感じますでしょうか?

そして、この25年の長い日本医師会会長の独裁的時代の後、日本医師会会長の色合いが違ってきているのです。

 

大学の系譜から開業医の系譜へ

この11代の間に、日本医師会のスタンスというものが、やや変わったのではないのか?という疑問が、通常の思考として起きてくるわけです。

10代以前は、ほぼ大学組織の人物です。

多くが大学教授であり、大学との強い関係性を有しております。

10代の会長は熊本出身で、東京帝国大学を卒業し、大学産婦人科を経て、浜田病院院長に就任しております。その後、東京都医師会会長を歴任し日本医師会会長を務めております。

浜田病院ですが、もともとは東京産婦人科病院であり、東京帝国大学医科大学教授であった浜田玄達氏が病院長として就任しております。
その間に10代日本医師会会長となる小畑惟清氏は、大正2年にこの病院の副院長に就任し、大正3年に浜田病院に改称されております。

10代は、やや個人病院系列への移行はありますが、もとは大学教授のながれを汲んだ系列と見れます。

そして11代でその系譜がガラッと変わってくるのです。

11代武見太郎氏の経歴をみますと、これまでの大学系とはことなり、完全に開業医スタンスであります。

慶応義塾大学医学部→内科→理化学研究所→1939年武見診療所を銀座に開設→吉田茂と交流→1957年より日本医師会会長→連続13期25年在職となっております。

そして任期のとんでもなく長い11代目以降を見てみますと、

第12代は長野に吉田病院を開設(開業医)し長野市医師会長→長野県医師会長→日本医師会会長となっております。

第13代は北大卒、東京都大田区に内科医院を開設(開業医)→東京都医師会会長→日本医師会会長です。

第14代も慶応医学部出身、静岡に村瀬医院を開設(開業医)→東京都渋谷区に移転→日本医師会会長。

第15代も福島県に診療所を開設(開業医)してから医師会活動→日本医師会会長です。

第16代、植松医院開設(開業医)、

第17代、唐澤医院開設(開業医)、

第18代は、やや異色の民主党政権下での日本医師会会長(茨城の乱)で特殊です。

第19代は医療法人弘恵会ヨコクラ病院の院長(開業医の系譜)で福岡県医師会会長から日本医師会会長です。

 

この流れの事実をみれば明らかなように、いつの間にか日本医師会は開業医の系譜となっているわけです。

やはり第11代の25年間にいつの間にか開業医の系譜に強くシフトしたと見て取れるわけです。

実際にこの11代は医師の中でも特に開業医の利益を代弁する立場をとり、「自由主義経済下における開業医の独立を守る」と言っていたわけです。

この第11代日本医師会会長である武見太郎氏の子息(三男)が、政治家の武見敬三氏であり、自由民主党所属の参議院議員で、厚生労働副大臣を務めているわけです。ちなみに麻生太郎氏とも親戚です。

以上から、まとめます。

日本医師会は、第11代武見太郎氏の25年の長期就任を期に、開業医の系譜へと移行している。

武見太郎氏の25年の任期は、明らかに長すぎであり、何かしらの理由が考えられる。

政治活動は日本医師連盟で行われ、基本的に自由民主党を支持しており、強い関係性が示唆される。

 

以上、事実から読み取れる考察になります。

 

あくまで、日本医師会に関して調べている過程であり、なにも詳しい事実関係とかは知りません。

調べている過程をつづったものであり、その点はご容赦いただけますようお願いいたします。

 

さて、ざっと医師会会長の系譜をなぞってみました。

表面的な事実だけでも、いろいろ内部が気になってきました。

 

日本医師会に関する書籍として、水野肇氏の「誰も書かなかった日本医師会」「誰も書かなかった厚生省」、そして、辰濃哲郎氏の「歪んだ権威」があるようです。

機会をみて読んでみようと思いました。

第2回目は、ひとまずここで切り上げます。

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この記事を書いた人

常識を無視し、権威を無視し、束縛を無視し
専門医など関係なく叩き上げのスキルと己の魂が私の武器
その名はドクターMAX

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